2006.04.21 Fri
夕凪の街桜の国 こうの史代
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私自身興味があったのとしんプレで紹介があったのとずっと前にBBSで寛さんがお勧めしてくれてたので買いました。本自体は100ページ位のちょっと薄めなのですがその少ないページ数から読み取るものは非常に多かったです。
絵はなんとなく懐かしく感じ、ほのぼのとした印象なんですがたまに挟み込まれる原爆の描写にハッとしました。その落差がこの作品の魅力なんだと感じました。
私は普通は1回読んだら期間があいてから読み返すんですが10回程繰り返して読んでしまいました。そうやって読み返している内に「読み手」から「物語の当事者」に摺り変わっていき他人事の様に感じていた事が自分の中に溶け込んできました。これから読まれる方へぜひ何度も読み返す事をお勧めします。
それから詳しくはわかりませんが2007年夏に映画化するそうです。
物語の構成は「夕凪の街」と「桜の国」の2本立て。この2つの物語は繋がっています。
ここからは感想を述べる上でネタバレがあります。
最初の「夕凪の街」は皆実の物語。原爆で父と姉と妹を亡くして10年、自分は未だに生きている事に疑問と罪悪感を抱きながらも幸せに暮らしていた。そして人並みに恋をし、結ばれる。
ようやくあの日の出来事を昇華できたと思った矢先、『現実』に引き戻されるのだ。
それまでなんにもなかった自分の体が10年経って10年前自分に降り掛かったものが襲ってくる。
これほどおそろしいものはないと思う。
原爆という『兵器』は他のどの武器よりも強靭でしつこく、逃げても逃げても追ってくる、影の様な実体が見えないものなんだと思った。
「桜の国」は七波の物語。2つの物語は繋がりがあると書きましたが七波は皆実の弟の娘。七波は幼い頃母親を亡くして父と弟の凪生と3人暮らしをしていた。
何処かにフラフラと出掛けてしまう父を怪しんで後をつけると広島に行き着いたがそれには訳があったのだ。
七波は父の行方を追い広島の地を巡り、それまでずっと抱いていた事、自分の母親が幼児の頃被爆していた事で若くして死んだのではないか、自分にはその二世としての後遺症が残っていていつ死んでも不思議じゃないのではないかという気持ちを「自分は2人を選んで生まれてきたのだ」と信じることで、やっと拭い去る事ができる。
弟の凪生も交際相手の親から拒絶されていたのが描かれている通り戦争が終わっても被爆二世である人への差別がある事を意味します。
私は驚きました。現実にこういう事があるとは知りもしなかった事だったんです。
私の中での『戦争』はあの日、昭和20年8月6日に原爆を落とされてから15日に無条件降伏をして終わったものだと思っていた。
でも、戦争はまだ終わっていないんだと感じました。
最初に紹介した文章は作者のあとがきにあるもの。『オチの無い物語』ほど気持ち悪いものはない。
「心に湧いたものによって、はじめて完結するもの」
読んだ人それぞれの受け留め方によって成り立つ物語。
「夕凪の街」の最後の方に自分はまだ闘っているという描写がある。
「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?という言葉がある。
この出来事は幾つも夜を重ねても、年月が流れていっても、いつまでも終わらない、終われない物語なのだと私は受け留めました。
*平成16年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞
*朝日新聞手塚治虫文化賞 新生賞
*Yahoo!ブックス こうの史代インタビュー
*同人誌「ナルカワの日々」通販
*COMITIA こうの史代ページ
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